行政書士試験では、行政事件訴訟法と地方自治法を組み合わせて考えさせる応用問題が頻繁に出題されます。その中でも受験生が混乱しやすいのが、「市立保育所廃止条例」と「執行停止」の関係です。
今回は、令和の本試験でも出題された「特定の市立保育所を廃止する条例」の問題を題材に、「執行停止だけを先に申し立てることはできるのか」という論点について詳しく解説します。
問題の内容
問題文では、次のような記述がありました。
特定の市立保育所のみを廃止する条例の効力を停止するために、当該条例の効力の停止の申立てのみを、それに対する抗告訴訟の提起の前に行うことができる。
結論から言うと、この記述は誤りです。
では、なぜ誤りなのでしょうか。
まず理解したい「条例は通常、処分ではない」
行政事件訴訟法では、取消訴訟を提起できる対象は「行政処分」です。
一方、条例は地方公共団体の議会が制定するルールであり、一般的には立法行為です。
つまり、
- 条例=行政処分ではない
- 原則として取消訴訟の対象にはならない
というのが基本的な考え方になります。
ここは行政法の基本知識として押さえておきましょう。
しかし、この保育所廃止条例は例外
ところが、本問で問題となっているのは、
「特定の市立保育所のみを廃止する条例」
です。
このような条例について、最高裁判所(最判平成21年11月26日)は例外的に、
行政処分に当たる
と判断しました。
なぜ処分性が認められたのか
理由は大きく3つあります。
① 対象が具体的
条例が対象としているのは、
「市内すべての保育所」
ではありません。
例えば、
「○○保育所を廃止する」
というように、対象が特定されています。
つまり、不特定多数に適用される一般的なルールではなく、特定の施設だけを対象としています。
② 条例が施行されるだけで法律効果が生じる
通常であれば、
条例が制定された後、
市長などがさらに行政処分を行って初めて法律効果が生じます。
しかし、この条例では違います。
条例が施行された瞬間に、
その保育所は廃止されます。
つまり、
条例そのものが最終的な行政処分として機能している
のです。
③ 住民の権利義務に直接影響する
保育所が廃止されると、
- 子どもが通えなくなる
- 保護者は転園を余儀なくされる
- 保育サービスを受ける利益が失われる
など、住民に直接大きな影響が生じます。
そのため最高裁は、
例外的に行政処分と認め、
取消訴訟の対象になると判断しました。
処分性が認められると何ができる?
行政処分であれば、
行政事件訴訟法に基づき、
- 処分取消訴訟
- 執行停止
などを利用できるようになります。
ここで登場するのが、
本問の「執行停止」です。
執行停止とは?
執行停止とは、
裁判で結論が出るまで、
処分の効力や執行を一時的に止めてもらう制度です。
4月1日に条例が施行されると保育所が廃止されてしまう場合、
裁判が終わる頃には、
例えば、
すでに保育所は閉鎖され、
子どもたちは転園してしまっています。
それでは裁判に勝っても意味がありません。
そこで、
裁判所に対して、
「判決が出るまで条例の効力を止めてください」
と申し立てる制度が執行停止です。
執行停止は単独では利用できない
ここが本問最大のポイントです。
行政事件訴訟法25条2項本文では、
処分の取消しの訴えが提起された場合
に、
執行停止を申し立てることができる
と規定されています。
つまり、
執行停止には前提条件があります。
それは、
取消訴訟が提起されていること
です。
正しい手続の流れ
正しい順番は、
① 保育所廃止条例の取消訴訟を提起する
↓
② 執行停止を申し立てる
↓
③ 裁判所が執行停止の必要性を審査する
という流れになります。
本問はどこが間違いなのか
問題文では、
「執行停止の申立てのみを、抗告訴訟の提起前に行うことができる」
としていました。
しかし、
取消訴訟を提起していない以上、
行政事件訴訟法25条2項の要件を満たしません。
したがって、
執行停止だけを単独で申し立てることはできません。
これが本肢が誤りとなる理由です。
「執行停止」と「効力停止」は違うの?
受験生の中には、
「条例の効力停止」と
「執行停止」
が別の制度だと考えてしまう人もいます。
しかし行政事件訴訟法では、
執行停止の内容として、
- 処分の効力停止
- 処分の執行停止
- 手続の続行停止
などが認められています。
つまり、
本問でいう
「条例の効力を停止したい」
というのも、
執行停止制度の一つなのです。
したがって、
やはり取消訴訟が前提となります。
試験で狙われるポイント
この判例では、次の3点をセットで覚えることが重要です。
① 条例は原則として行政処分ではない。
② しかし、特定の市立保育所を廃止する条例は例外的に処分性が認められる(最判平成21年11月26日)。
③ 執行停止は取消訴訟が提起されて初めて申し立てることができるため、執行停止だけを先に申し立てることはできない。
この3点を理解しておけば、本問だけでなく応用問題にも十分対応できます。
まとめ
本問は、「条例は処分ではない」という原則と、「保育所廃止条例には例外的に処分性が認められる」という判例、さらに「執行停止は取消訴訟の提起が前提である」という行政事件訴訟法の知識を組み合わせて判断する問題でした。
行政書士試験では、このように複数の分野を横断して考える問題が毎年出題されています。単に条文や判例を暗記するだけではなく、「なぜそのような結論になるのか」という理由まで理解しておくことで、本試験でも応用力を発揮できるようになるでしょう。
ポイントは、「保育所廃止条例=処分性あり」「執行停止=取消訴訟が前提」という2つをセットで覚えることです。
